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謎解き作品・映画・読書の感想録

「ゆきてかへらぬ」レビュー|天才たちの三角関係がエモすぎた【ネタバレあり感想】

またまた Amazon Prime Video をぼーっと散歩していた先週末、「なんかこのレトロな雰囲気、いいな」とビビっときて、本編再生したのが『ゆきてかへらぬ』でした。

こちらの映画、劇場公開されたのが今年2025年の2月。そしてすぐ5月には配信って…。こんなに早くていいの!? どうなってんだ令和の映画事情は。〇年後の金曜ロードショー放映楽しみ世代のおいどんからすると考えらない…。

あ、えっと…まずその辺の衝撃は置いておいて、今日の記事は『ゆきてかへらぬ』の感想でっす。

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冒頭から「この人物、なんか詩人の『中原中也』っぽいな」と思ったら、まさかの本当に中原中也が出てくる映画でした。(事前情報なしで観始めたので…)

ちなみにおいどん、中原中也については「教科書で顔と詩を見たことある」程度の知識しかありませぬ。

そのため、史実に沿った細かい話は抜きにして、あくまで「映画作品としてどう感じたか」を語らせていただきます!そこだけご容赦ください〜。

 

作品情報

公開日:2025年2月21日
ジャンル:文芸・恋愛・人間ドラマ
監督:根岸吉太郎
脚本:田中陽造
出演:広瀬すず(長谷川泰子)、木戸大聖(中原中也)、岡田将生(小林秀雄)他

 

あらすじ(ネタバレなし)

舞台は大正時代。それぞれに才能を持つ三人の若者——詩人の中原中也、文芸評論家の小林秀雄、そして女優を目指す長谷川泰子——が出会い、互いに惹かれ、傷つけ合いながらも生きていく姿を描いた物語。

どこか浮世離れした若者たちが紡ぐ、刹那的でエモーショナルな関係性が、この映画の真ん中にあります。

 

レビュー・感想(ネタバレあり)

まず、とにもかくにも映像がエモすぎる!

レトロなフィルターがかかってて、画面全体に“かつての時代の刹那的美しさ”が漂ってる。大正のあの雰囲気が好きな人にはたまらんと思う。

撮影の知識とかないけど、なんかもう…光と影のコントラストとか、カメラの距離感とか、全部が雰囲気良すぎて、ずっと見てられる。

衣装・建具・小物のセットが本当に丁寧で、あの時代の空気感を画面越しに堪能できる。

そして以下はこの映画を観て感じ取った三人の登場人物を、一視聴者の個人の捉え方で紹介します。

 

中原中也(演:木戸大聖)

セレブな不良、といふべきか。

17歳の一人暮らし男子が、下宿に年上の美女を連れ込んで、白昼堂々と賭け花札してるって…お主もワルよのぅ…って。

しかも恐らく当時ローラースケート持ってるって、Switch2を親のコネで発売日前に手に入れる令息レベルよ、これは。

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でも、髪の毛は長くボサボサしていて。現代だとどんな髪型も許されるけれど、当時は彼のような裕福な階級の人は身だしなみをきちんとしていないといけなかったのではないかと。しかしだ、彼の言動にはやはり育ちの良さや頭の良さが垣間見える。

彼にとって「一般的な価値」って無意味なんだろうなって思った。
まるで『風立ちぬ』の堀越二郎みたいに、「自分の中にしかない美しさ」を追いかけてるタイプ。凡人にはわからん。その“掴めなさ”が、天才って感じ。

で、結局彼にとって長谷川泰子って何だったの?って思うんだけど、おいどんは最後まで答えを見つけられなかった。個人的にはもっと深堀してみたい。

そして何よりも心に残ったのは——

頭が良くて、才能に溢れていて、でもまだどこか青い。その未完成さというか、尖りきってない若さが、なんとも言えず魅力的で…。

その“青さ”を、木戸大聖が見事に演じきっていた。

 

小林秀雄(演:岡田将生)

初見で「なんやこのイケメン…」と声が漏れました。岡田将生のハンサムさ、えげつない。小林秀雄という人物も、調べると実際にハンサムなんよね。

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映画の中の彼は、中原の才能に惚れてる“目利き”タイプの男。明瞭な言動、頭もキレるし、立ち居振る舞いもスマート。

ただ、「あれ?この人、中原中也の“彼女”が欲しいんじゃなくて、“中原中也の世界”が欲しいだけでは?」ってわかるんです。その世界、その才能に恋してる。

イマドキの言葉で表現するのは軽率かもしれないけれど、0を1にする中原に対して、彼は1を100にするような才能があるのだろうと。

まるで、天才彫刻家の使ってる特注の彫刻刀を奪いたい、でもそれを手に入れても同じ作品は作れない、ってことに後から気づく。いや自分でも自分がそういう性分だって知っているけど、それを繰り返しているんだろうな。だから長谷川泰子は、彼にとってその“彫刻刀”だったんじゃないかな。酷い…。

しかし彼は決して女性軽視するような言動はなかったし、当時の当たり前のジェンダー的強要を長谷川泰子にすることはなかった。それなのにどことなく残酷さがあるんですよねー。直接的ではないけれど、小林とはこんな人間である、ってやんわりとわかる表現法にグッときました。

あと、中原と小林が、翻訳されていない洋書を二人で読み上げるシーンがありまして。レアな本を入手して超興奮する二人。あれは好き物同士でないとわからない、二人だけの世界。大親友とかそんな関係でもないし、なんなら嫉妬している。でもあの瞬間的なソウルメイトな関係性っていいよねー。

 

長谷川泰子(演:広瀬すず)

一番最後の紹介としましたが、この映画の主人公は誰かというと、彼女なのでしょう。二人の天才に抱かれた美女です。

てか三人とも超絶美形ですねー。画面に穴が空くくらい役者さんをガン見しながら映画を見てしまいましたよ。

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んで、長谷川泰子は美人なんだけど、随所に育ちはあまり良くないよう描かれる。そして彼女は「誰かの女」でいる時にだけ、自分の存在を保てるような、そんな危うさがある。

はじめの彼女はなかなか掴みどころがなく、映画を見ていてどういう人間なのか、と注目していた。

結局のところ彼女は自分というものがないように思える。中原の女である時の彼女、小林の女である時の彼女。別の人物のよう。

自ら中原をふり、そして乗り換えた小林も捨てられてしまう。自ら危ないところに飛び込んでしまうようにも思える。母と同じことを繰り返している…。

彼女が一人になってしまった時は、この先ちゃんと生きていけるのだろうかと心配になってしまった。

しかし数年後、彼女はしっかり女優として自立していた。見た目そんなに変化のない男子二人に対して、彼女だけは「時の流れ」のようなものを感じましたよ。老けたという意味ではなく「貫禄」がついていました。

でも、女優やってる時じゃないプライベートな時間でも彼女には「演技」の気配がした。何かの型にはまらないと生きていけない人なのかなと感じた。

ずっと「この人、何者なんだろう?」って思いながら観てたけど、結局“そう思わせる人”が彼女なのかな。

 

まとめ

自宅で気軽に映画が観られる今の時代、ついつい倍速再生したり、10秒スキップしがちですが…この『ゆきてかへらぬ』は、そんな機能一切使わず、終始見入ってしまいました。

なんといっても映像がエモい。そして、人物たちの“わかりそうでわからない”内面にどんどん引き込まれる。

アクションもないし、明確なオチがあるわけでもない。でも、「この空気感、好き!」と思える人には、刺さる映画だと思います。

中原中也と言えば「詩」なので、その創作に苦悩したり時に化学反応で何かを生み出すようなシーンが随所にあるのかなって、素人ながらに思っていましたが、ほぼなかったですね。(あることはあったけど)この作品はそういうことが主題じゃないんでしょうね。

中原と小林の対比が見どころでした。いやー、おいどんにはとても面白い映画でした!

ではまた。